前回のハヤシライスの続き
まずは仔牛の骨や牛すじ、野菜を香ばしく焼いてフォンドヴォを作ります
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これを8時間煮だして、漉してソースのベースとなるフォンを作る。

次は端肉を細かく刻んでスライスした玉ねぎと一緒に炒めます
そこに赤ワインを入れ、トマトを入れ、フォンドヴォを入れて少し煮込みます
丁寧にアクを取りながら煮込んでいきます。
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最後に焦がした蜂蜜とバルサミコビネガーで作ったガストリックを加えて
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バターと小麦粉を炒めて作ったルーで濃度をつければ完成

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出来たハヤシライスは氷水ですぐさまして
真空パックにして冷凍保存。


そして、グルマンでは今年に入ってからテイクアウトを始めようかと
計画しておりました。
その第一弾としてこの田村牛で作ったハヤシライス(ソースのみ)を販売したいと思います。


まだまだ準備段階で生産量も安定しないため
ブログ、FBでの限定販売とさせて頂きます。

販売方法
発送は今のところいたしておりませんので
電話予約後お店に取りに来て頂ける方に限らせて頂きます。
販売価格は1人前250g 900円 (税込み)です。

一人前としてはちょっと多めの量ですので
余ったらハンバーグのソースやオムライス、パスタのソースとしてもご利用頂けると思います。
限定販売ですのでなくなり次第終了となりますので
お早めにご連絡を!!



052-752-3399
by gourmands | 2015-04-30 15:48 | お店
最近はシェフの個人的なブログが多いのでたまにはお店の事も。


今お店で頻繁に登場の田村牛
田村さんが育てている牛
餌にこだわり肥育期間を長く取っているため
赤身の味がしっかりしていて気に入っている。
そして飛騨牛や神戸牛等のような産地によってのブランド名ではなく
田村さんという人がちゃんと育てたと言う事で田村ブランドになっている。


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今回は肩バラ、バラ、トウガラシと色んな部位を買ってみた。

ロースト用、煮込み用と切り出していく
そして筋はフォンドヴォに、余った端肉はハヤシライスを仕込んでいきます。

今日はそのハヤシライスについて

作り方は至ってシンプル。時間はかかりますが。
まずはフォンドヴォを仕込みます。
仔牛の骨を焼き、牛すじを炒め、玉ねぎと人参を香ばしく炒め
それを8時間ほど煮だして、漉してフォンドヴォを作ります


次に端肉を細かく切り、玉ねぎのスライスと共に炒めます。
そこに赤ワイン、トマト、フォンドヴォを加え軽く煮込んで行きます。
最後にバターと小麦粉を炒めて作ったルーを加え少し濃度をつけたら完成。

結構手間ひまかかっています。
市販のルーはもちろん、化学調味料を一切使わずに作ろうと思うと
これだけの時間がかかるんです。


皆さん、想像してみて下さい。。。。

野菜お肉のうまみが詰まったフォンドヴォ
そこに美味しいお肉をさらに加え
赤ワインでさらに香りとうまみを加え
トマトの酸味、味わいそして、ハーブの香り
最後にバター小麦粉を炒めたルーでこくを出し
それら一つ一つが重なり合ってバランスが取れ
味わいの調和が保たれている。
その複雑に構成されたソースをご飯にかけていただく
それがハヤシライス。


どうですか?
皆さん食べてみたくなってきましたか??
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こらこらシェフも平野さんもまだまだ食べれないよ!!
by gourmands | 2015-04-25 16:33 | お店
またまた前回からの続きです


前回僕が言いたかった事は
飲食業というのは誰でも頑張ればチャンスがあると言う事


さて、フランスから帰って来た僕当時24歳
大きな事をやり遂げた感が一杯で次はどうしようかと迷っていました。
僕はフランスへ行ってワインが好きになり
それがもとで丸太町のレストランバーで働く事に
看板も店名も出ていないそのお店は大人が通うレストランバー
錦や栄で飲み歩いている人達の間で
ここを知らない人はモグリだと言われるくらい素敵なお店。


僕が働き始めて少しすると、前任のシェフがやめていまい
僕が任される事に。今まで得て来た物を発揮するチャンスがやって来ました。


といってもそれほど経験も実力もある訳はなく
新しいメニューを作ってはダメだし
作ってはダメだし。。。
自分は本当にダメだとへこむ毎日
さらにお客さんが少ないと自分の実力不足のせいだとさらにへこむ
毎日まじめに仕事して
頑張っても頑張っても成果が上がらず

そんなあるとき僕は気がついた事があった。
僕は何を頑張っているんだろう。
冷静に考えてみると何も行動を起こしていない
毎日の業務をただただこなしている
自分にできる事をできる範囲でやっているだけだ。
これでは仕事のキャパが増える訳はない!
若い人によくあるミス。頑張っているのに周りや上司が評価してくれない
それは頑張っている方向性が違うから
いくら毎日の作業、ノルマをこなしても誰も評価してくれない
それは自分が与えられた仕事はやって当たり前だから。
厳しい事を言うけどそこを評価してくれるのは最初だけだ。
だから自分の目の前に立ちはだかる大きな壁を乗り越えないと頑張ったとは言えないのです。
なにをやらなくてはいけないかは自分が一番良く分かっています。



そして僕は行動を起こす
当時僕が料理を任されていて、料理や仕事を教えてくれる人がいなかった
だから僕は自分で学ぶしかないと思い
時間がある限り手当たり次第に本を読んだ
料理の本、ビジネス本、自己啓発本から心理学の本まで
それだけじゃもの足りず
当時僕の先輩がいた桜山のレストランセレスティで研修をさせてもらう事に。

朝からランチが終わるまではセレスティで
夕方からはレストランバーで
朝8時半から深夜2時3時まで。睡眠時間3,4時間労働時間18時間。
寝る間も惜しんで働いた。
そして昼間教えてもらった事や見た事を
レストランバーに帰って来てまねして作ってみる。
そうすると自分の中で残って行くもの
もっとこうしてみようと改良してみるもの
料理をそのまま作るのではなく自分がして来た経験という
フィルターを通して自分自身の料理が完成して行く。
それが楽しくて仕方がなかった。
さらにそれをお客さんが食べてくれて喜んでくれる
こんなに嬉しい事はないです。
本当にこの時僕は涙が出るほど嬉しかった。
それが僕が壁を乗り越えた瞬間でした。
そして乗り越えてしまえば後はどんどんうまく行く
お客さんは喜んでくれるし
自分は新しい料理が作れるし
楽しくてしょうがない。

しかし、それが続くとまた壁が現れるいわゆるスランプですね
仕事とはこれの繰り返しなのではないでしょうか


ここのレストランバーのすごい所は
皆がお客様と本気で向き合っている姿勢
本気で向き合いすぎてスタッフ同士言い合いになる事もしばしば


僕がここで学んだ事は
料理を創る事と
顔も知らない多数の人達に作る料理ではなく、個人のお客さんに料理を作る事
その人の好みや苦手な物、以前食べた物を把握し何を提供すれば喜んでもらえるかを考える事
それは今も自分の料理の根本になっている。


そんな多くの事を学び多くの経験をさせて頂いた
僕にまた新たな転機が訪れる事に



またつづく。。。
まだ続くの?!って声が聞こえて来そうですが続きます!





今回僕が言いたかった事は
いくら頑張っても方向性が違うと評価はされないと言う事
何をやるべきかは自分が一番分かっているはず
それに向かってまず大きな一歩を踏み出す事は
あなたの将来を大きく変える
大丈夫です。難しい事じゃない。
なんの取り柄もなかった僕みたいな人でもできる事。
逆上がりだってやればできるんです
前回からの続き

前回のお話で言いたかった事は飲食業は入口が広く
僕のように頭が良くなくても学がなくてもその気さえあればやって行けるという事。


僕はホテルで働き色んな事を学んだ
料理もそうだが先輩やシェフ達にお茶を入れたり
お酒を知ったり、遊びを覚えたり
今久屋でバーを経営しているバーレオンの高橋さんには夜の遊びを教えてもらったり


そしてその頃、今、可児でキッチンブランシュというお店をやられている金井シェフと出会う。
当時フランス帰りだった金井シェフ
フランス帰りでバリバリ仕事をこなす姿がすっごくかっこ良く見えて
僕はそんな金井さんに憧れフランスへいつか留学したいを思うようになった


僕がいたのは名駅のセンチュリーハイアット名古屋
僕が働き始めて2年くらい経つと急に閉店する事に
小さなホテルではあったが、小田急グループの大きな会社。
閉店なんて考えてもいなかった
今まで当たり前にあった物が急になくなってしまった


この時僕は他人に頼らず自分自身のお店でやって行こうと思う



会社は次の働き先を斡旋してくれたりしてくれたが
僕の行き先はもう決まっていた。
2年半貯めたお金と少しながら貰えた退職金でフランスへ行く事に


当時21歳の僕、フランスなんて当てもなければコネもない
働き先もなければ住む所だってない
今まで海外に行った事すらない。
思い立ったら即行動の僕は仕事を辞めた数週間後に僕はまさに包丁さらしにまいて1本
飛行機に乗っていた


当時つきあっていた彼女には私とフランスどっちをとるの?
って言われて僕は迷わずお前と別れてでも行く!と。
それでもなんだかんだ待っていてくれてその当時の彼女が今のマダム


さて、フランスへ行ったはいいが働き口がない僕は1週間でもう既に心が折れかけていた。
金井さんに教えてもらった手紙の書き方と履歴書の書き方、それを手当たり次第送った
10通、20通、返事はほとんど来ない、来ても答えはNO。
僕は手紙を送り数日後に直接レストランへ行き返事を聞きに行く作戦にした

そして何とか1件パリの1つ星のレストランに入る事ができた
日本のレストランと大きく違う事は2つ
年功序列的なものがない事。実力とやる気さえあれば登って行ける
そして、何も教えてくれないこと。
料理はほぼイメージで伝えられ、ざっくりと説明だけされる

そして僕らが自分自信で考えてシェフのイメージした
味、お皿のバランス、構成に近づけて行く
手取り足取り教えてくれない。
ただ、自分が仕上げた物に対してこうじゃない
もっとここをこうして、ああしてとダメだしされるだけ


営業中は忙しい厨房で常にオーダーが飛び交い
数少ない火口を使って80人のオーダーを完璧にこなさなければならない
そのためにはどうするか
自分の仕事だけじゃなく他のセクションの進み具合も把握しつつ
それに合わせて刻一刻と変化して行く肉や魚の火入れのタイミングを
合わせて仕上げる。
調理場は常に罵声が飛び交う
目、耳、鼻、舌、指先、全ての感覚を研ぎすまし集中する
頭の中は猛スピードで入って来た情報を的確に処理して
常に最適に行動する

人から考えを与えられるて動くのではなく
自分で考えて仕事をする。僕がこのとき学んだ事だ


休みの日にはレストランに食べ歩きに行ったり
マルシェに出かけ友人達と集まり
家で料理を作ってはあぁでもないこうでもないと
議論しあい、料理とワインで一日のんびりと過ごす


2年間僕はこうしてフランスで料理に明け暮れた生活をして
貯めたお金を全部将来の自分のために投資してまさに無一文
持物はまた包丁だけで帰国


コネなし、学歴なし、突飛な才能もなしの僕は
自分の夢と希望だけで何とかここまでやって来れた
当然、人種差別で風当たりを強く感じた事もあったし
仕事がうまく行かなくて自分自身いやになる事も
でも将来のビジョンだけはぶれなかった


僕ら飲食店の仕事は長時間労働で給料は安い。
その長い労働時間があっという間と思えるほど内容はぎっしり詰まっている
それをうまくこなして行く事が仕事のやりがいだと最初のうちは思えてくるが
そこにやらなくては行けないという義務感と責任感が乗っかってくると
かなりのプレッシャーだ。そんな中でも結果をださなくては行けない
そこで挫折してやめて行く人が多い。
逃げる事は簡単な事だ
その困難に立ち向かうには勇気がいる。
でも考えて欲しい、僕らはそれを一つづつ乗り越えて来ている事を
だからそれは自分でも乗り越えられる事を。
そして、その先にある物を見て欲しい。
僕は従業員として働いている時にお客さんに美味しかったよ!
って声をかけられる事が苦手だった。
なぜなら僕の内心は作ったのは確かに僕らなのだが
その料理を考えたのはシェフで
僕ではないと思っていたから
お客さんの反応が聞ける事は確かに嬉しかったが、なんだか悔しかった

今は自分で考え自分で作りその大変さは自分の想像以上ではあるけど
それで来てくれたお客さんが楽しんでくれたり喜んでくれたり
それはすごく嬉しい事だし、それが僕にパワーをくれる。
それが本当の仕事のやりがいだと思う。
社会には不適格な僕が唯一社会に認められ
そして、自分のやりたい事を貫いて生活できる

僕は飲食店というのは一番結果を出しやすい職業だと思っています
だから若い人には辛い事があってもめげる事なく頑張って欲しい
今悩んでいる人、頑張っている人、きっと大丈夫。
諦めてはいけません、逃げてはいけません。
将来きっとうまくいく。未来の自分を支えてくれるのは
今、頑張っている自分です。


そして、この話
まだまだ続きます

次回は頑張る頑張るだけでは頑張れない
お話をしたいと思います

初めましての方、おなじみの方
同業者の方、そうでない方

僕らの飲食業界の事を少しだけ知ってもらいたい事があるので
このブログを書いています。


普段はこのブログのコメントはブロックしているのですが
今回コメントを入れられるようにしてみました


これは僕の実話です
自分のお店を出す事に迷っている人
この飲食業で一生食べて行く事に不安がある人
仕事がうまく行かない人
そんな人達に見て欲しいです

そんな不安や迷い誰にでもあると思います
そんな方々がコメント残せるようにしてみました。


僕は高校生の頃から飲食店で働く事
将来自分のお店を持つ事を夢見ていました。。。



僕は中学の頃はそこそこ頭がよく、国公立の大学に入る気満々で
当時進学校で受験勉強に力を入れていた高校に入りました
でも高校に行くとそれなりのレベルの人達が集まっているため
そんな中で抜け出すにはかなりの努力が必要でした。
でも僕の学力は上がらず、次第に進学への熱も冷め最終的には
国公立どころか大学進学もできないような状況でした。

その頃僕は改めて将来のことを考えて
食べる事は好きだし自分でおいしいもの作れたらかっこいいし
フランス料理やってフランス留学ってなんだかかっこいい。
そんな理由で始めた料理でした。

きっかけなんて案外そんな軽率な理由だったりする。
でも自分で決めた以上はそれを貫徹するだけの覚悟は持っていた。


高校を出ると僕はすぐ料理の専門学校に行き
1年で卒業、すぐにホテルに就職しました。

こんな劣等生の僕でもあっさり入社
飲食業は入口が広く全ての人に可能性と夢を与えてくれる
しかしその逆に、離職率もそうとう高い

入社した当時19歳の僕は大学でサークルに明け暮れる友人達をうらやましく思いながら
毎日仕事に励む。恐い先輩がいて常に僕は怒られる。
仕事ができない僕はびくびく怯えていた。
一つ一つ丁寧に教えてなんてくれない
人参のシャトーが汚いし遅いと言われれば人参を買い、剝く。
仕事の段取りが悪いと怒られれば一つ一つの仕事で無駄な事がないか見直す

僕らの仕事は常に時間との勝負だ。
いつまでにこれだけの事をちゃんと終わらせないといけない
怒られながらもそんな事が徐々に分かってくる
そして少しづつ何となくそれらができてくる

先輩も少しづつ僕の仕事を信頼してくれるようになり
怒られる事も少なくなり仕事が楽しくなってくる


……

まだなんか長くなりそうなので
また続きは次回に
日本には四季がある。
春・夏・秋・冬
そして季節ごとの食材があり
”食”によって季節を感じる事が出来る。

養殖や栽培などによっていつでも食べられ
あまり季節感がなくなってしまった物もあるけれど
やっぱりお料理で季節を感じるのはいいものだ。

目で、香りで胃袋で!?春を感じたい。

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お客様からいただいたお土産で
とても春を感じた。

桜のサブレに
桜の香る緑茶(ほんのりしょっぱい)
自分で包む八つ橋には山椒の餡を

連日あいにくのお天気でだいぶ桜は散ってしまったけど
残った桜の花びらと緑の葉のコントラストもまた
次の季節の訪れを感じさせてくれる
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パンをこねる事
それが僕の毎朝の日課

そしてこねたパンは一日ねかす。
昨日作った生地は今日成形して焼く。

パンを作るようになって4年
これが僕の毎朝の日課になった。

グルマンのカンパーニュ
一日かけてゆっくり発酵させる事で
香りがよく、小麦の甘みや味わいがしっかり感じられるパンになります。
本を読みながら自分の理想に近づくように毎日毎日
微調整をしながら独学で完成しました。

おかげ様でお客さんからの評判もいいです♪
皆さんに喜んで頂けるように今日も朝から張り切ってこねくり回します!!
by gourmands | 2015-04-10 17:00 | 料理
先月長野に行った時お客様のご紹介で
蓼科のホテルに宿泊する事に。

山の上にある素敵なホテルで
清々しい空気が漂う朝。
僕は気持ちが良く、日課のランニングに出かける。

すると山影からガサガサと音がする。
音のする方を見ると2頭の鹿がこちらを見ていた。
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最近は鹿の数が増えているとは聞いていたが
自分がこんなに間近で遭遇するとは思ってもいなかった。


こんなに可愛いらしい姿を見てしまうと
料理をする事がためらわれる。。。